英国モラトリアム録

ロンドン南東在住の妙齢による日々思うところの記録。音楽/映画/ミュージカル/アニメ/料理など

自由は犠牲を伴うもの(ペルセポリス/2007年)

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「ペルセポリス」はイラン人女性であるマルジャン・サトラピの自伝的グラフィックノベルを原作としたアニメーションフィルム。ちょうどイラン革命、イラン・イラク戦争など国が政治的に大きく変動していた時期に少女〜青春時代を過ごした女の子の話です。

全体のトーンの不思議な明るさ

そんな時代背景なのに、どこかドライで淡々としているところがこの映画の魅力のひとつだろう。アニメーション、白黒、物語のテンポのよさによって「フィクション性」が強調されているからというだけでなく、主人公マルジャンのからっとした性格や語り口によるという理由も大きいんだと思う。

政治が揺れ動く中でコミュニストの叔父さんが収監されて殺されたり、友人が戦場で足を失ったり、イスラムの教えのもと女性であるという理由だけで不本意な扱いを受けたり、と、ティーンエイジャーの少女が経験するにはあまりに不条理なことがたくさん起こるのだけど、上述の要素によってこうした悲劇のウェットさが相殺されていて、奇妙な面白さがある。

正直、次から次へジェットコースターのように起こるばかげた出来事や不幸を笑い飛ばせるようなユーモアや、理解に苦しむような慣習に逆らっていくガッツを持った彼女を主人公とした視点でなければ、最後まで気楽に観れたかどうか疑問だろう。そういったイランの重い歴史、そして、そこで生きてきた人たちの実際をより多くの人に敷居低く届ける、という意味では、「アニメーション」という手法で世に出したというのはある意味すごく正解なのかもしれない。

故郷を離れて暮らすということ

最もあるあるだったのが、マルジャンがウィーンに留学中(といってもほぼ弾圧から彼女を逃すための亡命的な要素が強いものだったけど)のクリスマスの出来事。ヨーロッパ出身の友達はみんな家族とどうクリスマスを過ごすか話し合ってるけど、マルジャンには行くところがない。馴染んでいたと思っていても、そういうところで改めて感じさせられる移民としての自分。

また、常にマルジャンのインスピレーションだったおばあちゃん。確か彼女(あるいはマルジャンだったか)が物語の最後で言うこのセリフも、ものすごく心に突き刺さるものがあった。

「自由は犠牲を伴うもの。」

これはマルジャンが、ふたたびパリに旅立つことを決めたことで、ある大事な機会を失った際に言う言葉なんだけど、これがもう海外暮らしの自分に響いて響いて。

自分が自由でいられる、と感じられる場所が、必ずしも自分の大事な人にとってそういう場所であるとは限らない。自由を選んで、大事な人と離れて暮らす選択をする場合、彼らと一緒に過ごす時間を犠牲にしなければいけない。何が一番辛いかって、いや別に今現在辛いというわけではないんだけど、もし何かすごく後悔する出来事が起こったとしても、それが自分のした選択によるものだっていうところ。ロンドン住み始めて最初はそんな風に思うこと少なかったけど、長く暮らせば暮らすほどそういう気持ちが強くなってきてる気がします。